同窓会会報掲載再録「杏の会とは」

塩澤誠彦先生を偲ぶステージを開催

まだ暑い日が続いていた、平成17年9月4日、中電ホールで杏の会の公演が行われました。「サバさんは永遠に」と題したステージは、1年前の平成16年6月8日に亡くなられた、恩師・塩澤誠彦先生を偲んで杏の会会員が全国から集まり開催されました。
杏の会は東海高校男声合唱団に所属していた卒業生の組織です。日頃の活動といっても、現役高校生のステージに賛助出演したことがあるくらいで目立った活動はありませんでした。
杏の会が本格的に活動したのは昭和60年、塩澤先生が退官された時だと記憶しています。その年5月に、約140人に上る会員が賛助し、「天は神の栄光を語る~塩澤誠彦先生の新たなる出発を祝う記念論集~」を発刊しましました。  
林霊法先生、松波基道先生、堀田岳成先生らが祝辞を述べられているのに続き、卒業生たちが在校時代の思い出などを一言ずつ書いています。また、同書に掲載されたおよそ40枚の写真に私たちは誰もが食い入るように見つめ、遠い昔に思いを馳せたのでした。

古稀を祝うステージ

平成6年8月27日、この日は杏の会会員にとって忘れられない最大のイベントがありました。
「塩澤誠彦先生の古稀を祝って」は実に100名あまりの大演奏となりました。何十年も違う卒業年次、先輩・後輩、そして現役の東海高校男声合唱部員も、中電ホールのステージ上で一体となって、ハーモニーを奏でたのです。
準備は1年前から始められました。その中心になったのは、昭和34年、36年と40年代卒業のOBたち、当時40歳代の会員です。それぞれの仕事も多忙な年代です。その合間を縫って会合を重ねたと聞いています。
特徴的なのは、実行委員会を組織するとともに、年次代表者会を設置したことです。昭和26年卒業部員から61年卒業部員まで各年次代表各1名、総勢30数名が結集し、縦横の連携、連絡網ができました。
連絡の途絶えていた会員も掘り起こされ、約450人の名簿ができました。その名簿は10年後の2005年の「サバさんは永遠に」の公演にも大いに役立ちました。
平成6年8月27日は残暑の厳しいよく晴れた日だったと覚えています。午前中に東海中学音楽室に集合し、入念な仕上げをしました。というのもその前4週にわたって日曜日に練習を重ねてきましたから直前に確認し、自信を持ってステージに上がるためです。
昔歌った曲を歌うのですが、日頃合唱活動をしている人とカラオケ名人とでは、やはり、差が出ます。かつては美声だった人も今では高音部が下がってしまう人もいます。塩澤先生の古希のお祝いであり、塩澤先生の前で、あるいは先生の指揮で歌うのですから、恥ずかしくない演奏をするために、相当、練習を重ねなければなりません。
平成6年8月27日午後4時、中電ホール。ついにその時を迎えました。
#朝日たださす東海の・・・校歌で幕が上がり、力強く4つのパートが和音を奏でます。杏の会が本格的にステージを持った初めての瞬間でした。そして、何十年ぶりかに、同時に、最後に“塩サバ”の指揮で歌った時間でもありました。
夜のパーティーには200人もの杏の会会員らが集まり、大いに飲み、談笑し、校歌を力一杯歌って、“東海同窓生”の幸せをかみしめたものでした。

「サバさんは永遠に」追悼ステージ

「古稀を祝う」演奏会から11年、平成17年9月4日、中電ホール。#朝日たださす東海の・・・と校歌が歌われ、杏の会の演奏が始まりました。
しかし、そこに恩師・塩澤誠彦先生の姿はなく、舞台上手に、指揮をする先生のモノクロームの写真がスポットライトを浴びているばかりです。
1年前の5月、「そろそろ、サバさんの傘寿の祝いをやりませんか」と先輩方に相談したところ、10年前の「古稀の会」の役員にも呼びかけることとし、準備しようとしていた矢先、私たちは先生の訃報に接しました。残念ながら「傘寿のお祝い」記念コンサートは実現せず、迷った挙げ句、先生の思い出をもう一度それぞれの胸の中に確認する意味も込めて、“追悼”コンサートを開くことにしたのです。
平成17年9月4日、中電ホール。60数人がステージで歌い、その夜の「偲ぶ会」には、杏の会と先生の関係の方々が150人集まりました。奥様らご家族とともに食事をしながら、次々に高校時代の合唱曲を歌い、校歌を歌います。「先生を偲ぶ会」は同時に私たちが高校時代を、少年時代を偲ぶ場でもありました。
音楽は各人の思い出と深く結びついています。和音に包まれると、昔の映像が彷彿としてきます。音楽の持つ不思議な力かなと思います。
「杏の会」の今後の活動
塩澤先生という精神的支柱を失った今、杏の会をどうするかは議論の分かれるところです。11月の総会では、大多数で杏の会の存続と名簿等の整備を決定しました。
昭和20年に東海中学に赴任し、ウエサカ祭でのコーラス指導、明照殿でレコード鑑賞会を開くなど、男生徒だけの東海に「音楽」を教えてくださった塩澤先生・・・。 
合唱部は数々のコンクールで優勝した歴史もあります。また、卒業してから、杏の会会員でプロの音楽家になった者もあり、会員の日常にも音楽は生きています。
先生のその意思を尊び、後に続く後輩にも私たちが味わった感動を用意する必要があると考えています。

(16回昭和39年卒 栗山紘和)

 

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